絶対的な善も絶対的な悪も存在しない。
何らかの考え方や何らかの行動は誰かにとっては善でも誰かにとっては悪で、誰かにとっては悪でも誰かにとっては善である。
何が善で何が悪かは自分が勝手に決めている。
平和が善で犯罪は悪、人を傷つけないのが善で人を傷つけるのが悪、人を尊重し合うのが善で人を否定し合うのは悪などと自分が勝手に決めている。
善悪の基準は人それぞれである。
人それぞれ物事に対する考え方が違うから、善悪の基準は人それぞれである。
そして、善い考え方や善い行動でも見方を変えれば、悪い考え方や悪い行動になることがあり、悪い考え方や悪い行動でも見方を変えれば、善い考え方や善い行動になることがある。
自分が善いことと思っていることでも誰からは悪いことと思われ、自分が悪いことと思っていることでも誰からは善いことと思われる。
平和が善で戦争が悪と言っても、無抵抗で他国から侵略されるのは悪といえる。
人を殺すことが悪ならば、戦争で敵の人間を殺すことは悪なのか。
犯罪をしないのが善というのなら、犯罪者に抵抗して罪を犯したら悪なのか。ミスで罪を犯したら悪なのか。
人を傷つけないのが善といっても、人間、人を傷つけて自分が正しいと思いたい時もあるだろう。
人を尊重し合うのが善といっても、過激な考え方をする他人や他人の過激な行動は受けいれづらいだろう。
善い行動をしても、誰かからは善い人のフリだとか偽善だとかいらない親切だとかおせっかいだとか言われる。
何が善いか悪いかを気にして生きるより、自分の考え方や意見や感情を大事にしたい。
何が善いか悪いかを気にして生きるより、自分の利益になるような行動や自分が幸福になるような行動をしていきたい。